如何画漫画 漫画の描き方を中国語にしました。


漫画の描き方を中国語にしました。如何画漫画

文章责任者 Lucky植松插图 本田TOYOTA

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如何畫漫畫

第1回 繪製漫畫時需要的工具
http://www.yamada-kikaku.com/tw/lesson-1.html

畫一個人

第2回 著手繪圖
http://www.yamada-kikaku.com/tw/lesson-2.html

第3回 习作 尝试着绘制各种不同的角色
http://www.yamada-kikaku.com/tw/lesson-3.html


第4回 绘製表情
http://www.yamada-kikaku.com/tw/lesson-4.html



第5回 繪製背景 -構圖-
http://www.yamada-kikaku.com/tw/lesson-5.html

第6回 繪製背景 -畫面處理-
http://www.yamada-kikaku.com/tw/lesson-6.html

創造故事

第7回 創造故事 -生出創意的方法-
http://www.yamada-kikaku.com/tw/lesson-7.html

繪製漫畫

第8回 創作劇情 -做出故事-
http://www.yamada-kikaku.com/tw/lesson-8.html

第9回 繪製漫畫 -基本分格方法-
http://www.yamada-kikaku.com/tw/lesson-9.html

第10回 繪製漫畫 -分格的必要條件-
http://www.yamada-kikaku.com/tw/lesson-10.html

第11回 繪製漫畫 -分格構圖的表現法-
http://www.yamada-kikaku.com/tw/lesson-11.html

成為漫畫家之路

第12回 成為漫畫家之路~從無到完成「故事漫畫」之過程~
http://www.yamada-kikaku.com/tw/lesson-12.html


2012年3月21日水曜日

■源義経黄金伝説■

■作品解説■■源義経黄金伝説■
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「源義経黄金伝説」とは■日本版三国志の物語。
時代は,源平の争いから、鎌倉幕府が成立しょうとしていた時期。
京都の陰陽師・鬼一方眼に、友人、西行法師は源義経の養育を依頼。
その背景には、後白河法王、藤原秀衡が。
 
東アジアのフロンテイアである日本は、国家を成立。その象徴として
黄金大仏を作り、国家の勢力をシンボル化。平安京に奠都した大和は、
日本を統一していくが、国家象徴としての黄金大仏は、武家革命勢力に
よる内乱のため、消失。
その大仏再建を図らんため独立国家、奥州を併合、黄金を収奪しょうと
する鎌倉武家革命政権。瀬戸内海荘園群を経済地盤とする、後白河法王を
頂点とする貴族制西国王朝と新興勢力である東国騎馬武士団を率いる源頼朝。

古代よりエミシの血を受け継ぐ奥州に黄金・仏教王国を構える藤原秀衡。

■「義経黄金伝説」■
は、一二世紀日本の三つの都市(京都、鎌倉、平泉)と
三人の騎士の物語。

■源義経黄金伝説■-第1回

京都市上京区今出川通り飛鳥井に京都市上京区に白峯神宮はある。
祭神は崇徳上皇(すとくじょうこう)。日本の大魔王といわれている。

幼き明治帝の手を外祖父、中山忠能がかしづき、新しく出来た神社に詣でて
いる。
「さあ。御君(おんきみ)、ご先祖帝さまにお願い申し上げてくだされ。
これからの、御帝さまを中心とされる新しき政府に、崇徳様の怨霊がたた
らぬように、あたらしき政治をお守りくだるようにお願いつかまつれ。
代々、我が家、藤原本家に伝わりし、西行法師(さいぎょうほうし)殿と
の約束を使え下させ」

幼き帝は、手を合わせ、御願いを、なされた。

「崇徳上皇様、お許しくだされ。我が王朝が武士から政(まつりごと)を取り
戻すに700年もかかってしまいました。今にいたり、源頼朝、大江広元の
子孫たる二家、薩摩島津。長州毛利両家をもって、武士どもの町、江戸と
政庁江戸幕府を倒し、武士どもを根こそぎ退治いたします。この長き屈折
したりし日々をお許しくだされ。

そして、陰都でございます。平泉王国は、いにしえに滅びました、それゆえ、
代わ りに江戸を陰都といたします。平将門を祭る神田明神を持って、陰都の
守神といた します。
が、本来は、崇徳上皇様が祭神でございます。どうぞ、我が王朝が、江戸城
をもっ て皇居といたす事をおゆるしくだされ」

御年十六歳の帝は、深く頭をさげた。白峰稜前にある白峰寺木像(白峰大権現)
が 讃岐(さぬきー香川県)から運ばれて来ていた。先帝孝明帝が望み、できな
かった事をなしとげている 。

「今、奥州東北の各藩が、列藩同盟とか申し、昔の蝦夷どものように反乱を
起こそ うとしております。我が王朝の若い貴族を持って先頭に立ち、荒恵
比寿どもをたいらげます」

明治帝は、再び深々と、御頭を垂れた。

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