如何画漫画 漫画の描き方を中国語にしました。


漫画の描き方を中国語にしました。如何画漫画

文章责任者 Lucky植松插图 本田TOYOTA

© 2017 MANGA AGENCY 株式会社山田企画事務所



如何畫漫畫

第1回 繪製漫畫時需要的工具
http://www.yamada-kikaku.com/tw/lesson-1.html

畫一個人

第2回 著手繪圖
http://www.yamada-kikaku.com/tw/lesson-2.html

第3回 习作 尝试着绘制各种不同的角色
http://www.yamada-kikaku.com/tw/lesson-3.html


第4回 绘製表情
http://www.yamada-kikaku.com/tw/lesson-4.html



第5回 繪製背景 -構圖-
http://www.yamada-kikaku.com/tw/lesson-5.html

第6回 繪製背景 -畫面處理-
http://www.yamada-kikaku.com/tw/lesson-6.html

創造故事

第7回 創造故事 -生出創意的方法-
http://www.yamada-kikaku.com/tw/lesson-7.html

繪製漫畫

第8回 創作劇情 -做出故事-
http://www.yamada-kikaku.com/tw/lesson-8.html

第9回 繪製漫畫 -基本分格方法-
http://www.yamada-kikaku.com/tw/lesson-9.html

第10回 繪製漫畫 -分格的必要條件-
http://www.yamada-kikaku.com/tw/lesson-10.html

第11回 繪製漫畫 -分格構圖的表現法-
http://www.yamada-kikaku.com/tw/lesson-11.html

成為漫畫家之路

第12回 成為漫畫家之路~從無到完成「故事漫畫」之過程~
http://www.yamada-kikaku.com/tw/lesson-12.html


2018年12月3日月曜日

染み入れ、我が涙、巌にーなみだ石の伝説」第1回作 飛鳥京香

「染み入れ、我が涙、巌にーなみだ石の伝説」第1回作 飛鳥京香(C)飛鳥京香・山田企画事務所


  1.  僕達2人は、乗りごこちの悪いローカル線に乗っている。
    列車は。僕の故郷に向かっていた。

    故郷といってもあまり記憶はない。親戚もいない。
    僕は都会の中で一人、孤独で何年も住んでいた。
    あるきっかけで故郷へ帰ろうと思った。

     奈良県、和歌山県、三重県の3県の県境にあるふるさと。
    ふるさとといっても本当に伺のとりえもない山間の小さな村だ。
    それこそ、一日に三本あるかないかの鉄道、駅からパスに、パスの終点から山道、そま道を歩み、やっと、その土地、頭屋村とうやむらへたどりつくことができる。        
     帰ったところで、誰も僕を喜んでむかえてくれるわけではない。

     僕、日待明ひまちめいは頭屋封へ、何年もの町中の生活で得た悲しみ、体の中にたまりすぎた汚れを、洗いおとすために帰る。
    苦しみは僕の体をむしばんでいるのだ。

    なみだ岩に、行き着き、そこで涙を流すことで、僕は幸せになれるだろう。いや少なくとも、過去の傷を、いくぱくかいやすことができるだろう、と僕は考えていた。

    僕の生まれた頭屋村は、「神立山」と呼ばれる深山の中にある。
    奥深い、あまり人も、森林伐採でしか入れない「神立山」の森の中に「なみだ岩」と呼ばれる岩がある。

    「なみだ岩」のまわりは、不思議と草が刈りとられたような芝の多い草原になっている。
    その草原を深い森がかこんでいる。
    「なみだ岩」はわかりにくい場所にあり、頭屋村出身でない者はたどりつくことができがタイ。
    涙岩は高さおよそ15mくらい。頂上はとんがっていて、底に向かって広がっている。
    土の中に岩の半分ほどが、うまっている感じだ。
    全体は緑がかった乳白色で、表面は人が毎日みがいていると錯覚するほど光り輝いている。
    遠くから見ると、涙のしずくが空からかちてきて、地球につきささったようなのだ。

    、、、と詳しく知っているようだが、僕は父が亡くなったあと、すぐ頭屋村を出て、遠い親戚をたより、東京にでていった。
    5才の頃の話だったから、なみだ岩についてくわしく覚えているわけではないのだ。

    この「なみだ岩」にのぼり、その上で涙を流し、「なみだ岩」に、涙がしみこんでいくなら、その人は幸せになるという伝説がある。

    この「なみだ岩」伝説を知ったのは、ふとしたきっかけだった。

    親戚から東京に送られてき、父の形見を整理していた時、父の日記を見つける。
    古ぼけたページを,めくっているうちに、こんな記述にであったのだ。

    「涙岩は 何百年かに一度、必ず崩壊する。
    そして、その跡には、指でつまめるほどの小さなかけらが残る。人はこれを原石
    と呼ぶがたま、そのあとに残ることがある。

    なみだ石のほとんどは夜空に舞いあがってい
    く。そしてなみだ岩はきれいになくなっていて、あとには大き々穴があいている。まわりの草原も焼けただれている。

    この話は、先祖代々に渡り、頭屋村に住んでいる者のみに語りつがれている。」
    と、、、

     僕は子供の頃見たことのある「なみだ岩」を、もう一度、はっきりとこの眼にしたい。
    涙を流したいと思う。あれほど美しい原岩がこわれぱ、どれほどの「なみだ石」ができるのだろう。涙岩の美しくくずれる瞬間、それをながめたい。

     さいわい、「なみだ岩」についてはあまり知られていない。
    もし旅行維誌がとりあげれば、一たちまち大勢の人でうめられてしまうだろう。

     しかし、神立山は観光ルートからはなれた辺境で、訪れる人はほどんどない。
    「なみだ岩」は、ごくわずかの人しか知られていない。

    たとえ、「なみだ岩」のことを土地以外の人が知っでも、「なみだ岩」で悲しみ
    をとりのぞいてもらい、本当に幸福になりたいと思う人にしか「なみだ岩」の場所を教えてはならないのだ。

    僕の行動は、あらゆることを投げすて、その「涙岩」に行きつけたい。
    と思った時から始まっていた。

    (続く)
    作 飛鳥京香(C)飛鳥京香・山田企画事務所

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