「染み入れ、我が涙、巌にーなみだ石の伝説」第1回作 飛鳥京香(C)飛鳥京香・山田企画事務所
- 僕達2人は、乗りごこちの悪いローカル線に乗っている。列車は。僕の故郷に向かっていた。故郷といってもあまり記憶はない。親戚もいない。僕は都会の中で一人、孤独で何年も住んでいた。あるきっかけで故郷へ帰ろうと思った。奈良県、和歌山県、三重県の3県の県境にあるふるさと。ふるさとといっても本当に伺のとりえもない山間の小さな村だ。それこそ、一日に三本あるかないかの鉄道、駅からパスに、パスの終点から山道、そま道を歩み、やっと、その土地、
頭屋村 へたどりつくことができる。帰ったところで、誰も僕を喜んでむかえてくれるわけではない。僕、日待明 は頭屋封へ、何年もの町中の生活で得た悲しみ、体の中にたまりすぎた汚れを、洗いおとすために帰る。苦しみは僕の体をむしばんでいるのだ。なみだ岩に、行き着き、そこで涙を流すことで、僕は幸せになれるだろう。いや少なくとも、過去の傷を、いくぱくかいやすことができるだろう、と僕は考えていた。僕の生まれた頭屋村は、「神立山」と呼ばれる深山の中にある。奥深い、あまり人も、森林伐採でしか入れない「神立山」の森の中に「なみだ岩」と呼ばれる岩がある。「なみだ岩」のまわりは、不思議と草が刈りとられたような芝の多い草原になっている。その草原を深い森がかこんでいる。「なみだ岩」はわかりにくい場所にあり、頭屋村出身でない者はたどりつくことができがタイ。涙岩は高さおよそ15mくらい。頂上はとんがっていて、底に向かって広がっている。土の中に岩の半分ほどが、うまっている感じだ。全体は緑がかった乳白色で、表面は人が毎日みがいていると錯覚するほど光り輝いている。遠くから見ると、涙のしずくが空からかちてきて、地球につきささったようなのだ。、、、と詳しく知っているようだが、僕は父が亡くなったあと、すぐ頭屋村を出て、遠い親戚をたより、東京にでていった。5才の頃の話だったから、なみだ岩についてくわしく覚えているわけではないのだ。この「なみだ岩」にのぼり、その上で涙を流し、「なみだ岩」に、涙がしみこんでいくなら、その人は幸せになるという伝説がある。この「なみだ岩」伝説を知ったのは、ふとしたきっかけだった。親戚から東京に送られてき、父の形見を整理していた時、父の日記を見つける。古ぼけたページを,めくっているうちに、こんな記述にであったのだ。「涙岩は 何百年かに一度、必ず崩壊する。そして、その跡には、指でつまめるほどの小さなかけらが残る。人はこれを原石と呼ぶがたま、そのあとに残ることがある。なみだ石のほとんどは夜空に舞いあがっていく。そしてなみだ岩はきれいになくなっていて、あとには大き々穴があいている。まわりの草原も焼けただれている。この話は、先祖代々に渡り、頭屋村に住んでいる者のみに語りつがれている。」と、、、僕は子供の頃見たことのある「なみだ岩」を、もう一度、はっきりとこの眼にしたい。涙を流したいと思う。あれほど美しい原岩がこわれぱ、どれほどの「なみだ石」ができるのだろう。涙岩の美しくくずれる瞬間、それをながめたい。さいわい、「なみだ岩」についてはあまり知られていない。もし旅行維誌がとりあげれば、一たちまち大勢の人でうめられてしまうだろう。しかし、神立山は観光ルートからはなれた辺境で、訪れる人はほどんどない。「なみだ岩」は、ごくわずかの人しか知られていない。たとえ、「なみだ岩」のことを土地以外の人が知っでも、「なみだ岩」で悲しみをとりのぞいてもらい、本当に幸福になりたいと思う人にしか「なみだ岩」の場所を教えてはならないのだ。僕の行動は、あらゆることを投げすて、その「涙岩」に行きつけたい。と思った時から始まっていた。(続く)作 飛鳥京香(C)飛鳥京香・山田企画事務所
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