如何画漫画 漫画の描き方を中国語にしました。


漫画の描き方を中国語にしました。如何画漫画

文章责任者 Lucky植松插图 本田TOYOTA

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如何畫漫畫

第1回 繪製漫畫時需要的工具
http://www.yamada-kikaku.com/tw/lesson-1.html

畫一個人

第2回 著手繪圖
http://www.yamada-kikaku.com/tw/lesson-2.html

第3回 习作 尝试着绘制各种不同的角色
http://www.yamada-kikaku.com/tw/lesson-3.html


第4回 绘製表情
http://www.yamada-kikaku.com/tw/lesson-4.html



第5回 繪製背景 -構圖-
http://www.yamada-kikaku.com/tw/lesson-5.html

第6回 繪製背景 -畫面處理-
http://www.yamada-kikaku.com/tw/lesson-6.html

創造故事

第7回 創造故事 -生出創意的方法-
http://www.yamada-kikaku.com/tw/lesson-7.html

繪製漫畫

第8回 創作劇情 -做出故事-
http://www.yamada-kikaku.com/tw/lesson-8.html

第9回 繪製漫畫 -基本分格方法-
http://www.yamada-kikaku.com/tw/lesson-9.html

第10回 繪製漫畫 -分格的必要條件-
http://www.yamada-kikaku.com/tw/lesson-10.html

第11回 繪製漫畫 -分格構圖的表現法-
http://www.yamada-kikaku.com/tw/lesson-11.html

成為漫畫家之路

第12回 成為漫畫家之路~從無到完成「故事漫畫」之過程~
http://www.yamada-kikaku.com/tw/lesson-12.html


2016年6月25日土曜日

源義経黄金伝説■第69回


源義経黄金伝説■第69回
作 飛鳥京香(C)飛鳥京香・Manga Agency山田企画事務所
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★漫画通信教育「マンガ家になる塾」

http://www.youtube.com/user/yamadakikaku2009

■ 1199年(建久10年)鎌倉

文覚は、対決の後、しばらくして、広元屋敷の元を訪れている。

文覚の頭や顔は朱に染まっている。
足取りもおぼつかぬ。
鬼一の打撃の後がゆっくりと文覚の体をむしばんでいる。
鬼一の八角棒には、やはり丹毒が塗られていた。

「大江広元殿、鬼一方眼はワシがあやめた、これで、あやつらの王国、勢いがなくなろう」
文覚は、大江に満足げに言った。
「さようでございますか。それは重畳。しかしながら、いかがなされた。その傷は」
「我のことなぞ、どうでもよい。よいか、大江広元、義行を逃がせ」
「源義行を…、何を言う。気が狂られたか」

「よいか、大江広元。私、文覚は、元は武士である。鬼一との約束は守らねばならぬ」
 文覚は息も絶え絶えに言うのである。

「皆の者、出て参れ。文覚殿、乱心ぞ」

大江広元は、屋敷の郎党を呼び寄せる。
「くそっ、広元、貴様」
 手負いの熊のように文覚は、広元の手の者と打ち合うが、多勢に無勢。おま
けにひん死の状態の文覚は打ち取られる。
「残念、無念。清盛、西行、お前らが元へ行くぞ」
とらえられ、牢につれていかれる文覚が、いまわの際に叫んだ。


文覚は,今は亡き好敵手西行の最期を、そして西行から聞いたある話を
思い起こしていた。


待賢門院璋子けんれいもんいんたまこは、西行の手を強く握りしめている。
待賢門院璋子は後白河法皇の母君である。
その臨終の席に西行が呼び寄せられていた。

「二人の皇子をお守り下され。西行殿。私の最後の願いでございます」
「わかりました、璋子様、この西行の命に変えても」
西行は宮廷愛の達人でもあった。この時期日本は宮廷愛の時期である。

待賢門院璋子の二人の子供とは、崇徳上皇と後白河上皇である。

璋子は鳥羽天皇の間に後白河法皇を生み、鳥羽上皇の祖父である白河法王の間
に崇徳上皇をうんだ。白河法皇は璋子にとり愛人であり、義理父であった。
いわゆる源平の争いは、璋子を中心にした兄弟けんかから起こった。

西行は璋子のために終生、2人の御子を守り事を誓ったのだ。
西行は璋子のために、京都朝廷のしくみを守りために、その生涯を捧げた。
西行と文覚は、若き頃、恋いにそまりし王家を守る2人の騎士であった。

それでは、文覚は、日本の何を守ったのか。自問している。

文覚は若き折り、崇徳上皇の騎士であった。
上西院の北面の武士である。
しかし、文覚は保元の乱の折り逃げ出している。その折りの事を西行はよく知っているのだ、言葉で攻めていたのだ。

西行は、いまはのきはに、叫んでいた言葉を思い起こす。
「文覚殿よ、天下は源氏におちたと、、思わぬほうがよい」
「何だと」
「頼朝殿の義父、北条、平時政殿の手におちるかもしれんな」
西行の死に臨んでの予言であった。

いにしえ、坂東の新皇と自ら名乗った、平将門まさかどの乱平定に力があ
ったのは、藤原秀郷と平員盛である。藤原秀郷の子孫は、奥州藤原氏、西行の
家などである。
平員盛の子孫が、伊勢平氏と北条氏であった。

(続く
作 飛鳥京香(C)飛鳥京香・Manga Agency山田企画事務所
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